ジョン万次郎の波乱万丈な人生と日米友好の軌跡
土佐清水市出身のジョン万次郎の生涯と功績を紹介する資料館です。漂流から帰国、そして日本の近代化に貢献した波乱万丈な人生を、貴重な資料やジオラマ、映像で分かりやすく学べます。幕末から明治維新にかけての激動の時代背景も理解でき、子どもから大人まで歴史を楽しく深掘りできるスポットです。
ジョン 万次郎(ジョン まんじろう、旧字体: ジョン 萬次󠄁郞、英語:John Manjirō、1827年1月27日〈文政10年1月1日〉 - 1898年〈明治31年〉11月12日)は、江戸時代末期(幕末)から明治にかけての日本の旗本・英語通訳・翻訳家・教育家である。アメリカ合衆国を訪れた最初の日本人の一人であり、日米和親条約の締結の際に通詞(通訳)候補として江戸に召喚。教授などでも活躍した。
アメリカ人からはジョン・マン(英語:John Mung)という愛称でも呼ばれた。帰国後は本名として中浜 万次郎(なかはま まんじろう、旧字体: 中濱 萬次󠄁郞)を名乗った。なお、「ジョン万次郎」という呼称は、1938年(昭和13年)に第6回直木賞を受賞した『ジョン万次郎漂流記』(井伏鱒二)で用いられたことによって広まったもので、それ以前には使用されていない。
出典: Wikipedia(CC BY-SA 4.0)を基に構成
ジョン万次郎資料館は高知県土佐清水市にあります。車:高知自動車道 四万十町中央ICから約1時間30分。 公共交通:土佐くろしお鉄道中村駅から高知西南交通バス「足摺岬」方面行きで「ジョン万次郎資料館前」下車すぐ。。お出かけ前に最新の営業時間・料金を公式情報でご確認ください。